自由に自分らしく生きていく

緊急入院を経てやっと自分らしく生きられるようになりました。体験からの学びをシェアすることが、少しでも生き苦しさから放たれ、自由に自分らしく生きていくことのお役にたてたら幸いです。☆寝たきりから回復中ライター・校閲、心理カウンセラー、ムビラ弾き♪

日々 思うこと

少しも良くはないけど後悔もしていない

投稿日:

実は、縁を切ったまま、母親が亡くなりました。昨年(2022年)のことです。

良い形になるようにと何十年も努めてきて、結局縁を切るほどだった存在が亡くなったのなら良かった? いいえ、少しも良くありません。

こうならないようにとしてきたので。そして、それを果たせなかったので。

私の力不足だったのでしょう。私以外ならうまくできたのかもしれませんが、誰もいなかったのだから仕方ないです。

でも後悔はしていません。精一杯やったからです。これ以上は無理でした。

こんな、きわめてプライベートなことはあまり語りたくはないのですが、なぜ書くのかというと、同じような悩みを持つ方は思いのほか多いと思うからです。

そして、悩んでしまう方は簡単に割り切れないから悩むのでしょう。つまり、このブログを読んだところで「よし、自分も縁を切ろう」などと簡単には思えないと想像します。

身内の悪口を言うようで誰にも言えず、言ったところで気は晴れない。

でも、追い詰められたとき、心の隅に私のような手段(縁を切る、逃げる)を選ぶ方法があることで、救われる場合もあるのではないかと思うのです。

実際、私自身、他者の意見から、縁を切ってもいいと意識の隅に置いておいたのが救いになったと感じます。

だからお伝えします。

最初に、この経験を経て私が学んだことをお伝えします。

・自分を傷つける者からは全力で逃げる

・親子関係は尊いものですが、自分が壊れてまで維持する必要はない



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敢えて解釈しない

この件に関する思いは「真っ白」です。

何もないから「真っ白」なのではなく、いろいろありすぎて「真っ白」なのです。

はじめは、「感謝」で気持ちをまとめようとしました。

生んで育ててもらった、もちろんその感謝の気持ちがあるからです。

でも、感謝だけでまとめるのはあまりにきれいごとで、間違っている気がしました。

怒りも恐怖も嫌悪もある、それをなかったようにするのは、自分の気持ちをごまかすこと。

きれいにまとめてしまうことで、心にゆがみが生じてしまうと感じたのです。

なので、敢えて「解釈しない」ことにしました。

感謝もある、笑いもあった、幸せもあった、でも怒りや憎しみもある、その時々で思い起こす感情は変わる・・・、そんなふうで良いのではないかと。

時に笑ってしまったり憤慨したりと、敢えて結論を付けない、まとめない、解釈をしない、そのほうがむしろ自然ということがあるのではないかと。

それなりに精一杯だったのではないか

縁を切ったというと、さぞひどい親だったのだろうと思われるかもしれませんが、思い起こしてみると、それなりに精一杯子育てしてくれたのではないかと思います。

別に私は身体にあざができていたわけでも、食べさせてもらえなかったわけでもなく、学校もきちんと通わせてもらえていました。虐待されていたわけではありません。

母親は父親のことを少しも好きではなかったそうで、私には「無理に好きでもない人と結婚することない」と言っていました。(だから私は未婚なのか??いや、人のせいにするのは良くない)

母親だけでなく、父親もどこかズレた人でしたが、2人ともそれぞれそれなりに精一杯生きたのではないかと思えます。

尊敬できる部分もあります。イヤな部分が似ることを恐れるより、いいところを見習うようにしたい。

おかしなところは多々ありましたが、それなりに精一杯子育てしてくれたのではないかと思います。

しかし、おかしなところがおかしすぎて、少なからず私は良くない影響を受けてしまいました。私の心が弱すぎたせいかもしれませんけど。

とにかく言葉がきつかった

母親について、小学生のころから「クラスメイトだとしたら、絶対友だちにはなりたくないタイプ」と思っていました。

人の欠点を突いて、イヤな気持ちにさせる。傷つける。接していて不快。

クラスメイトであれば「あの人キライ」で済みます。でも、身内だとそういうわけにはいきませんでした。

悩み事を相談しようものなら、弱みを握ったとばかりに、
「ほら、だからダメなのよ」
と得意そう。

この人には絶対悩み相談なんてしないと思ったものです。

思春期の頃は特にきつく、中学校でも部活の先輩後輩、クラスメイトたちとのなかで大変で(みんな思春期だから、尖っていて繊細だった)、家に帰ってくると、毎日のようにネチネチ言われてつらかったです。

私がどれだけダメな人間であるのか。

むしろ、生きる価値はないくらいのことを言われ続けていました。

そりゃ、心にゆがみが生じても不思議ではないです。

とはいえ、元がノンキなのか、グレることもなく、友だちもいましたし、学校で何の問題も起こさない優等生でも劣等生でもない、中の中の中くらいの生徒でした。

いえ、どちらかというと、理不尽さに怒りを感じるほど、「こんなことに影響を受けてたまるか」と思っていました。

良い距離感を図りながら理解しようと努めてきた

仲の良いほのぼの親子は理想です。

好きじゃないからと突き放すのではなく、良い距離感で上手に関わるように努めてきました。

一緒に旅行したり、映画を観たりカラオケしたりと、良いときもありました。

勝手に名義を使われそうになるなど、イヤなこともありましたが、それでも程良い関係をキープしたいと思ってきました。

しかし、だんだんと、また悪い面が強くなってきたのです。

母親は良い人間関係を築けず誰とも険悪になってしまうので、気づけば弟夫婦とも親戚とも付き合いがなくなり。。

父親が亡くなってからは特に、感情が私だけにぶつけられるようになりました。

理解しようとして、あらためてわかったこと

母親は育ちが複雑だったらしく、その仕打ちを許せないのだと話していました。

事あるごとに、どれほどつらい思いをしたか、どれだけ関わった人たちがひどかったかを聞かされたものです。

話を聞いていると、「全てが誰かのせい」でした。その怒りや憎しみが、消えずにずっとくすぶり続けていたようです。

過去がこうだったから、今こうなってしまっている・・・、理解しようと努めましたが、私には理解できませんでした。

過去に起きたことはもう仕方がない、過ぎたことなのだからとらわれすぎることなく、もっと今とこれからを大切にしていけば良いのではないか、

誰かのせいにしてみても、何も変わらない、楽しい要素はそこからは生まれてこない、

たとえ誰かのせいで良くないことが起きているのだとしても、それを恨んでいるのではなく、どう対処していくかを考え取り組んでいかなくては、今を楽しくはできない。

実は、縁を切ってからも、あらためて理解できるか試してみようと、母親目線の物語を綴ってみました。(削除済み)

自分事として考えれば、理解できるかもと思ったからです。

結果的に、やはり理解はできませんでした。

それもそのはず、何十年も理解できなかったのだから、ここでいきなり理解できるはずもなかったのです。

でも、一つ新たに気づけたことがありました。

その物語のなかには娘、つまり私も登場したのですが、客観的に見ると、「この人、なにやってんだろう」と思ったのです。

なんで、こんなこと言われてうまくやろうとしているんだろう、
なんで、とっとと離れていかないんだろう。

自分が客観的になってみてもわかる、

だからたぶん誰が見ても、「なんでこの人(私)、こんな状態なのにうまくやろうとしているの?」と思うのではないかと思います。

緊急入院でやっと決意

緊急入院したベッドの上で、母親との関係をどうするのか考えました。

それまで、考えても考えてもどうしたら良いのかわからなかった。

良い距離感を持って付き合おうと思っていたけれど、それでもストレスが溜まって発狂しそうだった。

良い距離感が無理なら、もはや極端な2つの選択肢しかない。

  • 自分を諦めて、発狂してもいいから母親と付き合っていく。
  • 一切、関わらない。

そして、緊急入院、手術。。。

これは、もしかして、「程良い距離感なんて言わずに、きちんと関わりなさい!」ということなのではないかと。

関わっていたら発狂して事件でも起こしかねないと思ったけど、何でもいいから自分を守るのを優先するのをやめて、親に尽くしなさいということなのでは・・・。

寝たきりのベッドの上で、うんうん考えていました。

人のことならわかりそうなのに、自分のこととなるとどうしたらいいのかわからない。。

しかし、あるとき、ハッと、答えがわかったのです。気づいたというか、降ってきたというか。

これです↓

「自分を傷つけるものからは、全力で逃げろ」

 

今まで何十年も考えて悩んできて、初めて、腑に落ちる答えが出ました。

そうだ、と。

向き合って、改善できるなら、いくらでも向き合えばいい。

でも、少しも改善せず、消耗していくだけなら、向き合う必要はない。

傷つけてくる相手からは、全力で逃げなさい

この「全力で逃げる」というのが、ピッタリな表現でした。

きっといろいろな想いが絡みついてくる、罪悪感とか、理想の形とか、いっそのこと自分を諦めたほうが良いのではとか。

でも、何も考えなくていい、感じなくていい、とにかく「全力で逃げなさい」がピッタリで心にずんとくるアドバイスでした。

おりしもコロナの影響で、病院も面会禁止状態となり、顔を合わさずに済みました。

退院後も怖かった、それでも会いたくなかった

母親に対する気持ちは、嫌悪から恐怖になっていました。イヤな気持ちになるようなこと、傷つけられることを言われ続け、嫌悪感を抱いていたのが次第に「イヤだ~!接したくない~!」という恐怖になっていったのかと。

言葉って、凶器なのですよ。ひどい言葉をぶつけられたら、実際に血は出なくても心に突き刺さって痛いんです。

接すれば、痛い目に遭わされる、だから怖い。

退院してからも連絡を取っていなかったけれど、急に現れたらどうしよう、どこかで顔を合わせたらどうしよう。

なんでそんなに怖いのか、理解不能かもしれませんが、とにかく怖かったのです。

 

ビクビクしながら過ごしていて、そして、弟から連絡が来ました。

母親は病で、もうそれほど長くないらしいと。

大腸がん、ステージ4。

がんの家系でもないのになんで。
と思いましたが、本人はストレス(私のことを含め)のせいだと言っていたそう。

 

いくら縁を切ったと言ったって、その状況になれば、会いに行くものかもしれません。

でも結局会いませんでした。そうなってもなお、恐怖と嫌悪感は消えませんでした。

とはいえ、自分一人で会いに行けたら、イヤでも行ったと思います。

しかしリハビリ中なので、行くとしたら誰かの助けが必要でした。

もちろん、行きたいと言えば力を貸してもらえたでしょう。

しかし、会いたいという気持ちは起こらず、むしろ「怖い、会いたくない」のほうが強かったのです。

 

母親は亡くなりました。

周りとはトラブっていたこともあり、葬儀も納骨も弟一人でした。すべて行ってくれて、ホント、感謝しています。

亡くなってもしばらく恐怖は消えず、自分自身に「もう大丈夫」と言い聞かせる始末。

こんな結果は悲しいと思います。なんでこんなことにとも思うけれど、それは私が縁を切ったせい。

いや、私のせいとか思うと自分を責めてしまう、もうその思考のループは止めなくては。

だから、敢えて何も解釈しません。悲しい結果だなとは思うけれど、仕方ない。

 

私はまだお墓参りもできていません。

お墓は階段も多いし、もう少し楽に歩けるようになってから行こうと思います。

理想の娘になろうとしてしまう

「なんでこんな子に育ったのだろう。。」

とため息をつかれていたこともあり、無意識に「理想の娘」になれない自分を責めていました。

「理想の娘になれなくて、自慢の娘になれなくてごめんなさい」

子どものころの私が泣き叫ぶのです。

大人になってからもできるだけ期待に応えなくてはと、良い娘を演じていたような気がします。ラクにできたときもあったけど、疲れることもありました。

例えば独身で身軽なので、どこに住もうと自由なはずなのに、
「××(ここからは遠いところ)に住もうかな」
と言って、
「そんなことされたら台無しだ」
と返ってくると、近所に住んでいないとダメな気持ちになってしまう。

自由に羽ばたきたいのに、籠に入れられた鳥みたいで、すごく生き苦しさを感じていました。

どうしても遠くに引っ越したいわけではないけど、自分の選択ではなく縛られている感じがすごく苦しかった。

今は自分で選んでいいんだと思えるようになり、とてもラクになりました。

縁を切って解放されて、やっと自由に自分らしく生きられるようになりました。

ここまでの経験をしなければ変われなかった

入院前も今もですが、血液検査をしても何の数値も異常ではありません。

食生活も気をつけていたし、お酒もそれほど飲みません。

それでも、緊急入院に至ることがあります。

スローペースで回復していますが、退院してから3年以上リハビリ生活です。

ストレス、頑張り過ぎには要注意です。

しかし、私はこれほどの経験をしなければ変われませんでした。

変われてやっと自分らしく生きられるようになったので、むしろ運が良かったと思います。いえ、運が良いどころか、おかげで助かりました。

 

今思うと、「誰からも好かれるわけない」と私にぶつけてた言葉は、母親自身のことだったのではないかとも思えます。

好意を持って近づいてくる人たちを不快にさせて遠ざけてしまい、それでも関わり続けようとした娘(私)が逃げ出すほどの毒を吐き続けた。

放つ言葉は、結局自分に返ってくるのですね。

追記

ひどい親の印象ばかりになってしまったかもしれませんが、尊敬すべきところもありました。

例えば、住宅ローンが払えず自宅が競売にかけられそうになった直前で銀行に交渉し、なじみの不動産屋さんに頼んで上手に取引し、結果的に引っ越し代が出るくらいの金額で売却したこと。

困難にくじけず対処する強さは見習いたいものです。

父親についても、田舎から出てきて大学を出て就職して、その後脱サラし起業した自立心と強さ。

自宅を土地から購入し、次男だったためお墓も建てました。

家は売ってしまったけれど、老後の資金もやりくりして、自分が建てたお墓に入った。

両親たちの人生はなかなかに「あっぱれ」なものだったと思います。

 

 

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