「これが正しいでしょ」
と思ってしていたことが、実は間違っていて、イヤな印象を与えてるってこと、あります。
これって、なかなか人から指摘されることもありません。
親しい仲なら「そういうところ、直したほうがいいよ」と教えてくれるかもしれませんが、
多くの場合、「やな感じの人だな」と思われて、そっと遠ざかっていく。(余計なことを言って揉めたくはないですからね)
自覚がないから、離れていく人が多いなと気づいても、理由がわからない。
そんな事態にならないように、ヒントになればと体験談を綴ります!
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目次
「自分はダメな人間である」
子どものころ、
「そんなじゃ嫌われる」
「もっと××しなさい」
「みんなに笑われてるよ」
親から言われました。
子どものわたしには、なにがいけなくて、なんで笑われなくちゃいけないのかわかりませんでした。
また、
「もし、みんなが笑うのなら、なぜかばってくれないのだろう」
とも思ったものです。
普通に友だちはいたので、「誰からも好かれるわけない」と言われても、反発する気持ちがありました。
しかし何度も言われるうちに、その言葉が入り込み、ふと落ち込んだときなどに「本当は自分はダメな人間なのかも」と思うように。
※親としては「この子にはこれくらい言わなくちゃダメだ」と思い、良かれと思って(?)言ったらしい。
認知のゆがみが発生していた
気づいたら、次のように思っていました。
「私は本当はダメな人間なのに、自覚がなく”のほほん”としている」
よって、
「自分がダメな人間だと認めることこそ、正しい」
普段の私は自覚がなく「のほほん」としているのですが、たまに落ち込むと「自分はダメ人間」が押し寄せてきて、
「わぁぁぁぁ~~~!! 自分はダメだ」
となっていました。
いわゆる、超ネガティブな状態。
「これもダメ、あれもダメ、だからきっとこれからもダメ、自分なんて自分なんて最悪だ!!」
こんな状態は楽しくないのですが、ゆがみが生じていたため、自分のダメさを認めることが正しいのだと思っていました。
「そういうところ、大っ嫌い!」
たまに超ネガティブになるときの周りの反応があまりよくないことには気づいていたように思います。
でも、「ダメ人間であることを認めるのが正しい」と思っていたため、周りの反応にかすかな違和感はあったものの、それほど気にすることはなく。
たぶん「自分は正しいことをしている」気持ちが強かったのかと。
ところがある日、当時つきあいのあった人から言われたんですね。
「いつもはいいのに、たまにそういうふうになるよね。そういうところ、大っ嫌い!」
ケンカして言われたのではなく、会話のなかの言葉だったかと思います。
全否定されたわけではないので、言われて頭にきた記憶もありません。
でも「大っ嫌い」なんて言われること、そうそうあることではないので、インパクトが強かったのでしょう。
言われても「きょとん」としていましたが、印象深い言葉として記憶に残りました。
なんで「きょとん」だったのかというと、
「正しいことしているのに、なぜ嫌われる? のほほんとしていて、自分のダメさを認めていないほうが嫌われるのでは? 認めている私のほうが好感もたれて良いはずなのでは?」と思ったからです。
いつもより好感もたれるはずなのに「大嫌い」とはどういうこと? しかも、いつものほうがいいとは?
そんな思いが、ぼんやりと頭のなかで消滅することなく漂うことになりました。
そして、ゆがみに気づくことに
「大嫌い」が印象深く記憶に残り、何かのたびに思い出して考えていて、
今までネガティブになったときの周りの反応も考えて、
そして、やっと気づきました。
普通の私のほうが自然で、ネガティブな私は好印象ではないのだと。
確かに周りに自分みたいなネガティブ発言する人がいたらうっとうしいよね、と。
「大嫌い」と言われたときに、ハッと気づけたわけではありません。
何かのたびに思い出し、いろいろ考えあわせて、やっと気づけたのです。
この思考回路は間違っていると↓
「自分がダメ人間だと認める」のが正しい→正しいことをするのだから好感をもたれる
これが間違っていると思えば、ネガティブになったときの周りの反応も納得できました。
みんなに、嫌悪感を持たれていたのだと。
批判をヒントにする
常識レベルで思いこんでいたことが、実は間違っていたと気づくのは困難です。
ですが、気づくことはとても大切です。
気づけないと人間関係を壊してしまうことになりかねません。
ゆがんだ考え方を周りから指摘されても、単に文句を言われているとしか思えないこともあるでしょう。
でも、耳が痛い批判のように思えることが、実は自分に必要なアドバイスのこともあります。
なので、自分を批判する意見であっても、自分を見つめ直すヒントかも?と思ってみるのも大切です。
まあ、あまり敵意ある意見を真に受ける必要はないと思いますが、私の場合は「大っ嫌い」がヒントになりました。
せっかく間違いに気づけるチャンスがあるのなら、つかまないと!
単なる批判なのか、ヒントになるのかの見極めが重要ですね。
認識のズレに気づくコツを挙げるとすれば次の3つ。
- 違和感がある周りの反応をスルーしないこと
- 自分を客観的に見ること
- 批判をヒントにすること
その状況にいるのが当たり前になっていて、気づかないこともあるでしょう。
理由がわからずもやもやする状態から脱出し、生き生きと過ごす参考になれば幸いです。
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ライター・校閲、心理カウンセラー、ムビラ弾き♪
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